http://hobab.fc2web.com/sub4-DM_neuropathy.htm より~
糖尿病性神経障害
糖尿病は、全身の血管を障害する血管病であり、網膜症(注1)、腎症、神経障害、末梢血管障害などを来たす。 糖尿病の神経障害では、小径線維(冷感、灼熱感、痛みを伝導する、感覚線維)の方が障害を受け易い。 葉酸、ビタミンB12などの、ホモシステイン値を低下させるサプリメントは、糖尿病性神経障害(糖尿病網膜症)の発症リスクを、低減させる。
1.糖尿病性神経障害 1).有痛性神経障害(painful neuropathy):夜間に左右対称性・遠位性に、激しい灼熱感を伴う自発痛(熱い砂の上を裸足で歩く感じ。足底部に強い。布団にわずかに触れたでけでも強い痛みを感じる)と、異常感覚(しびれ、熱感)が増悪する(Naチャネルを介するNaの流入が原因?)。 2).知覚鈍磨による足の問題:痛覚が鈍感になり、傷に気付くのが遅れる。 3).自律神経障害:めまい、たちくらみ、便秘、下痢、胸焼け、げっぷ、排尿傷害、インポテンスなど。
糖尿病性神経障害で、大径線維が構成する、運動神経が障害されることは、稀。 表1 糖尿病性神経障害と神経線維(日医雑誌第116巻・第11号1379頁の表2を参考に作成した)
径 | 小径線維 | 大径線維 |
構造 | 無髄線維 | 有髄線維 |
太さ | 細い | 太い |
伝導速度 | 遅い | 速い |
構成線維(機能) | 表在感覚線維(温度覚、痛覚、触覚と振動覚の一部) 自律神経の節前・節後線維(平滑筋の調節、各種腺機能) | 深部感覚線維(振動覚、位置覚、触覚の一部) 運動線維(随意運動) 筋紡錘からの求心線維(腱反射の求心路) |
障害時の症状や所見 | 異常感覚(足先や足底のピリピリ感、ジンジン感、しびれ感、冷感など) 高度の自発痛 温痛覚の障害 触覚の障害 各種自律神経症状(起立性低血圧、安静時頻脈、インポテンス、消化管の機能異常、膀胱障害など) | 遠位筋の萎縮 脱力 深部覚の障害 触覚の障害 アキレス腱反射の消失 神経伝導速度の低下 |
2.糖尿病性神経障害の臨床的特徴 1.感覚障害が優位 2.下肢の障害が優位で、上肢の障害は軽い 3.振動覚が早期から障害される 4.下肢の腱反射が早期から低下する 5.眼筋麻痺をしばしば生じる 6.自律神経障害をしばしば伴っている (日医雑誌、特別号、糖尿病診療マニュアル、S49の表2を参考に作製した。)
糖尿病性神経障害により、末梢神経が障害され、知覚が鈍磨になると、外傷や感染を自覚するのが、遅れる。 糖尿病の高血糖状態では、好中球(多核白血球)の細胞質内に、ソルビトールが蓄積し、細胞機能、特に、殺菌能が低下する。糖尿病でも、1型糖尿病では、好中球の殺菌能が、低下する。
3.糖尿病性神経障害の発症機序 糖尿病性神経障害は、代謝障害や血管障害が成因で、発症する。
a).代謝障害 糖尿病では、高血糖の為、細胞内グルコース濃度が増加し、その結果、ポリオール代謝経路が亢進し、細胞内ソルビトール濃度が、増加し、神経組織に蓄積する。 細胞内に蓄積したソルビトールは、浸透圧作用により、細胞に浮腫を生じさせる。 神経組織に蓄積したソルビトールは、イノシトールを低下させ、神経細胞膜のNa+/K+-ATPase活性を低下させ、末梢神経の軸索が変性し、電気的刺激伝導が、遅くなる。
糖尿病では、糖化蛋白(終末糖化産物:AGEs)の産生が、増加する。ミエリン蛋白が糖化されると有髄深海の機能や形態が障害される。
b).血管障害 血管障害により、神経内鞘の虚血や、血管収縮因子が上昇し、血流(血行)が低下し、神経線維が、脱落する。
グルコースからソルビトールが生成され、補酵素としてNADPHが消費される。血管内皮細胞から産生される血管弛緩因子NO(一酸化窒素)も、アルギニンからの産生にNADPHを要する。その為、ソルビトールが生成されると、NADPH消費を競合するNO産生が障害され、神経血流が低下したり、活性酸素が増加し、酸化ストレスが増強する。
なお、糖尿病性網膜症(糖尿病網膜症)は、糖尿病による高血糖の為、血中に飽和脂肪酸が増加し(高中性脂肪血症)、血小板粘着能が亢進し、網膜の血流が低下し(血行が悪くなる)、毛細血管閉塞や、点状出血が起こり、網膜症を発症する。 また、糖尿病性腎症は、糖尿病による高血糖の為、血中に飽和脂肪酸が増加し(高中性脂肪血症)、血小板粘着能が亢進し、網膜の血流が低下し、酸素不足の為、腎糸球体が硬化し(腎糸球体硬化症)、腎症を発症する。糖尿病性腎症では、微量アルブミン尿が現われる(午前中の随時尿など)。同時に尿中クレアチニン(Cr)値も測定し、尿アルブミン値が30~299mg/gCrなら、微量アルブミン尿とする(300mg/gCr以上なら、顕性蛋白尿)。微量アルブミン尿は、全身の内皮細胞障害のマーカーになる。
糖尿病では、毛細血管が障害される。 糖尿病の特徴的な病理変化として、毛細血管(微小血管)の基底膜(血管内皮細胞と実質細胞との境界)が肥厚する。 糖尿病で見られる、毛細血管の基底膜の肥厚は、(高中性脂肪血症により)血小板粘着能が亢進し、血流が低下し(血行が悪くなる)、毛細血管の微小循環障害が起こり、酸素不足になるのが、原因と想定されている。
糖尿病での毛細血管障害(糖尿病性細小血管症)は、毛細血管の基底膜が肥厚するのが特徴。 コラーゲンは、ブドウ糖(グルコース)とガラクトースが、ヒドロキシリジンと結合した糖蛋白。 糖尿病では、コラーゲンが糖化(グリコシレーション)され、糸球体基底膜、血管、末梢神経の糖化コラーゲンが、正常者に比し、2~3倍増加し、肥厚する。
4.糖尿病性神経障害とポリオール代謝経路 ポリオール代謝経路では、グルコースが、アルドース還元酵素により代謝され、ソルビトール、更には、フルクトースが生成される。 グルコース(ブドウ糖)-(アルドース還元酵素:AR)→ソルビトール-(ソルビトール脱水素酵素:SDH)→フルクトース(果糖)
インスリンは、GLUT4(心筋、骨格筋、脂肪脂肪細胞に発現)の発現を増加させ、細胞内へのグルコース(ブドウ糖)の輸送(取り込み)を増加させる作用がある。 インスリンの作用によらず、グルコースが受動的に流入する細胞では、グルコースが、ポリオール代謝経路により、ソルビトールやフルクトースに代謝され、細胞外に排出される。 糖尿病で、高血糖状態が続くと、細胞に流入するグルコース量が増加し、ポリオール代謝経路が亢進( アルドーズ還元酵素の活性が亢進)し、ソルビトールが、細胞内に増加する。他方、ソルビトール脱水素酵素(ソルビトールをフルクトースに代謝する酵素)の活性は、上昇しない為、ソルビトールが細胞内に蓄積し、細胞内浸透圧が上昇し、細胞内に水分が流入し、細胞が膨潤する。その結果、神経組織(神経細胞)の機能障害が生じ、細胞膜のNa+/K+-ATPaseが低下し、糖尿病性神経障害を起こす。
高血糖状態では、アルドース還元酵素(aldose reductase:AR)の活性が亢進し、ポリオール代謝経路の亢進が起こり、細胞内にソルビトールやフルクトースが蓄積し、糖尿病性細小血管症が発症する。 アルドース還元酵素の活性が亢進し、ポリオール代謝経路が亢進すると、細胞内にソルビトールやフルクトース(果糖)が蓄積し、浸透圧が上昇したり、Na+/K+-ATPaseが低下する。 神経細胞膜のNa+/K+-ATPase活性が低下すると、電気的刺激伝導が遅れ、糖尿病性神経障害を来たす:知覚神経が障害されると、痛みやしびれ、熱感などの症状が現われ、自律神経が障害されると、めまい、立ちくらみ、発汗異常、胃腸障害、あるいはインポテンスなどの症状が現われる。 アルドース還元酵素(AR)は、水晶体上皮細胞、網膜血管細胞、腎メサンギウム細胞、末梢神経のSchwann細胞に存在している。
酸化ストレスは、アルドース還元酵素が関与する、グルコースがソルビトールに変換される反応で、NADPHのNADPへの酸化を、亢進させる。
5.糖尿病性神経障害と漢方薬 漢方薬は、糖尿病性神経障害を治療効果を現す生薬がある。 漢方薬は、糖代謝(血糖降下作用)、脂質代謝(脂肪分解抑制作用)、水代謝(利尿作用)などを改善し、糖尿病患者の神経組織(神経細胞)の代謝を改善し、糖尿病性神経障害に治療効果を現す。 漢方薬は、血液凝固抑制作用、血小板凝集抑制作用により、血栓形成を抑制し(抗血栓作用)、糖尿病患者の神経組織の微小循環を改善し、糖尿病性神経障害に治療効果を現す。 牡丹皮には、ペノールが含まれ、抗血栓作用がある。 附子(注2)には、アコニチンが含まれ、鎮静作用がある(糖尿病性神経障害による、しびれ、疼痛、冷感を改善する)。 芍薬には、ペオニフロリンが含まれる。 甘草には、グリチルリチンが含まれる。
糖尿病性神経障害は、ポリオール代謝経路の亢進(アルドース還元酵素活性の上昇)や、細胞膜のNa+/K+-ATPase活性の低下により、神経細胞機能障害が起こることが成因と言われる。 八味地黄丸は、細胞膜のNa+/K+-ATPase活性を上昇させる。 八味地黄丸、牛車腎気丸、疎経活血湯、桂枝加朮附湯は、アルドース還元酵素の活性を阻害する(赤血球等へのソルビトール蓄積を抑制する)。
注1:糖尿病性網膜症(糖尿病網膜症)は、緑内障と並んで、中途失明の原因として、多い。 原発開放隅角緑内障は、眼圧の上昇(21mmHg以上)の為、視神経乳頭陥凹が起きる。しかし、正常圧緑内障は、眼圧が上昇していないのに、緑内障性視神経乳頭陥凹が起きる。眼圧が正常なのに、視神経乳頭陥凹が起こる機序として、局所の循環障害(血行の悪さ)が、指摘されている。特に、傍乳頭網脈脈絡膜萎縮が、大きい程、正常圧緑内障の進行が早いと言う。恐らく、於血などは、局所の循環障害(血行の悪さ)を招いて、正常圧緑内障の発症に関連しているものと、推測される。 スタチンを長期間(23カ月以上)使用している患者は、緑内障の発症率が40%減少すると言う。開放隅角緑内障は、房水の排出が障害されるが、スタチンは、房水の排出を促進すると言う(これは、高脂血症で増加する過酸化脂質が、房水を混濁させている為かも知れない)。また、スタチンが、血管の閉塞を抑制し、血流を増加させる(血行を改善する)と言う。 いずれにせよ、緑内障と言う眼科的な病気は、於血などによる、血行の悪さが、根本原因なのかも知れない。
注2:附子(ぶし)は、キンポウゲ科トリカブトの根で、成分のaconitineには、強心作用がある。附子は、陰症の人(新陳代謝が低下した人、低体温の人、高齢者)に用いると、手足や身体が温まり、血色が良くなり、食欲が増す。 附子には、動悸、のぼせ、嘔気などの副作用がある。 附子(ぶし)は、過量に内服すると、中毒を起こす(心拍数増加、不整脈、拡張期心停止)。 附子には、鎮痛、抗炎症作用などもある。 附子は、グルコース(ブドウ糖)の酸化(解糖)を促進させ、グルコースから、乳酸の生成を促進させ、酸素消費量を増加させる。 参考文献 ・浦風雅春:合併症の症状で受診した患者 糖尿病診療マニュアル 日本医師会雑誌 特別号 第130巻・第8号、S48-S49、2003年. ・赤沼安夫、他:[座談会] 糖尿病とその合併症-疫学から治療まで 日本医師会雑誌 第116巻・第11号、1371-1389、1996年。 ・豊田隆謙:糖尿病診療-理論と実際- No.9 慢性合併症の早期診断と発症予防 日本医師会雑誌 第118巻・第6号、TS-33~TS-36、1996年. ・Medical Tribune Vol.37. No.51(2004年12月16日). ・横田邦信:糖尿病における易感染性(質疑応答) 日本醫事新報 No.4151(2003年11月15日)、90-92頁. ・持尾聡一郎:糖尿病性神経症障害の病態生理(質疑応答) 日本醫事新報 No.4173(2004年4月17日)、91-92頁. ・松田博、井上哲志:小児糖尿病の細小血管障害 小児科 Vol.29 No.3、287-295、1988年. ・石田俊彦:糖尿病性神経障害、日本医師会雑誌、第119巻・第3号、RK-681-RK-684、1988年. ・松田邦夫、稲木一元:目でみる漢方治療、1.漢方薬を構成する主要な生薬、漢方治療のABC、日本医師会雑誌 臨時増刊、Vol.108 No.5、3-9頁、1992年(平成4年). ・羽田勝計:尿中アルブミン量測定の意義、日医雑誌、第136巻・第2号、平成19(2007)年5月、JH-5-JH-8.