ケトン体って危険なの?

 今回は、糖質制限食とは切っても切れない関係のある「ケトン体」についてのよくある誤解について述べたいと思います。そもそもケトン体とは、一般社会ではほとんど耳慣れない言葉です。そして医学界においては、ほとんどの医師が「ケトン体は人体において悪者である」という大きな誤解、先入観を持っています。本当にそれは正しいのでしょうか。
ケトン体とは、空腹時や睡眠時などに脂肪酸が燃焼する時、肝臓で作られる物質のことで、心筋、骨格筋など人体の多くの組織のエネルギー源となります。医学・生化学の世界においては、「β−ヒドロキシ酪酸」「アセト酢酸」「アセトン」−−の3者を、ケトン体と総称してきました。人体で日常的にエネルギー源として利用されている主たるものは、この3者のうちβ−ヒドロキシ酪酸です。アセトンはエネルギー源として利用されません。

ケトン体はすべての人に日常的なエネルギー源

血液検査でケトン体を調べようとすると、「β−ヒドロキシ酪酸濃度+アセト酢酸濃度=総ケトン体濃度」として、データが出てきます。糖質を普通に食べている人の、血中総ケトン体の基準値は、「26〜122μmol/L」くらいになります。糖質を食べている人でも、日常的に24時間、血中ケトン体は存在しているわけです。
糖質摂取開始後2時間までは、心筋や骨格筋の主たるエネルギー源は食事由来のブドウ糖ですが、糖質摂取開始後4〜5時間くらい経過した空腹時には、心筋や骨格筋の主たるエネルギー源は「脂肪酸が燃焼してできるケトン体」に切り替わっていきます。
つまり糖質を摂取している人でも、夜間睡眠時とか、日中でも空腹時は、心筋や骨格筋の主たるエネルギー源は、実はブドウ糖ではなく「脂肪酸−ケトン体」なのです。夜間睡眠時や空腹時などにもブドウ糖をエネルギー源としているのは、赤血球、脳、網膜など特殊な細胞だけです。つまり、ケトン体はすべての人類において、ごく日常的なエネルギー源として利用されています。この生理学的事実を多くの医師、栄養士がご存じないのは大変困ったもので、医療現場で混乱のもととなっています。

生理的ケトン体上昇は安全

スーパー糖質制限食実践者の場合は、食事中にも「脂肪酸−ケトン体」がエネルギー源として利用されています。つまりステーキを食べている最中にも、脂肪は分解されて燃えているわけです。血中ケトン体濃度は、現行の基準値よりはるかに高値(200〜1200μmol/L)となりますが、単に生理的な反応です。ケトン体のアセト酢酸とβヒドロキシ酪酸は酸性が強いので、ケトン体が血中に多くなると血液や体液が酸性に傾きそうになりますが、健康な人であれば、血液の緩衝作用や呼吸、腎臓の調節作用によって正常な状態を保ちます。前回記事にした「ケトン食」だと血中ケトン体は4000〜5000μmol/Lとなります。
人類700万年間の狩猟・採集時代は糖質制限食でした。私たちのご先祖は、日常生活の多くの場面で同様に「脂肪酸−ケトン体」をエネルギー源としていたと考えられます。このことは、備蓄エネルギーとしてみると、体脂肪が10kgあれば9万kcalとたっぷりあるのに対して、肝臓や筋肉に蓄えられるブドウ糖(グリコーゲンに変換)の量には限界があり、一般的な蓄積量250gではわずか1000kcalしかないことからも推察されます。
すなわち人類において身体の多くの細胞の主たるエネルギーシステムは「脂肪酸−ケトン体」で、「ブドウ糖−グリコーゲン」は、闘争、逃走などで激しく筋肉を収縮する緊急事態や、運良く糖質を摂取できたときだけの予備のシステムであったと考えられるのです。

糖尿病ケトアシドーシスは危険

一方、糖尿病でインスリン作用が欠落している時に血中ケトン体濃度が高くなる「糖尿病ケトアシドーシス」は、重篤な病態で危険です。血糖値が300〜500mg/dL以上もあり、口渇・多飲・多尿・腹痛・悪心・嘔吐(おうと)・脱水・意識レベル低下、尿中ケトン体が強陽性−−などの症状があれば、糖尿病ケトアシドーシスと診断できます。生理的食塩水の点滴や、速効型インスリンの静脈注射など緊急的な治療が必要となります。
糖尿病ケトアシドーシスは、インスリン作用の欠乏による全身の高度な代謝失調です。強調しますが、インスリン作用の欠乏がすべての出発点ですから、それがなければ起こらない病態です。インスリンが不足した状態では、糖利用の低下、脂肪の代謝が進み、血中にケトン体が蓄積します。つまり、インスリンが欠乏した結果として、ケトン体が高くなるわけです。ケトン体の高値は、始まりではなくて、あくまでも結果なのです。
先ほど、ケトン体が血中に多くなると血液や体液が酸性に傾きそうになるが、健康な人であれば、正常な状態を保つと言いました。しかし糖尿病ケトアシドーシスの状態では、代謝が破綻していて脱水が生じ、この緩衝作用もうまく働かず、ひどくなると意識障害を来し、治療しなければ死に至ります。糖尿病ケトアシドーシスは、実際には、1型糖尿病患者さんが糖尿病以外の病気にかかった時や、インスリン注射を中断した時に起こることがほとんどです。

「生理的なケトン体濃度の上昇」と「糖尿病ケトアシドーシス」は全く異なる

すなわち、インスリン作用がある限り、血中ケトン体濃度が現行基準値より高値でも、糖尿病ケトアシドーシスにはなりません。言い換えると、インスリン作用が欠乏していない限り、「糖尿病ケトアシドーシス」は生じないのです。このように、「生理的なケトン体濃度の上昇」と「糖尿病ケトアシドーシス」は、全く異なる状態であることを知る必要があります。
次回は、胎盤と新生児のケトン体値について説明したいと思います。
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江部康二

江部康二

高雄病院理事長

えべ・こうじ 1950年生まれ。京都大学医学部卒業。京都大学胸部疾患研究所(現京都大学大学院医学研究科呼吸器内科学)などを経て、78年より医局長として一般財団法人高雄病院(京都市)に勤務。2000年理事長に就任。内科医、漢方医。糖尿病治療の研究に取り組み、「糖質制限食」の体系を確立したパイオニア。自身も02年に糖尿病であることが発覚し、実践して糖尿病と肥満を克服する。これまで高雄病院などで3000人を超える症例を通じて、糖尿病や肥満、生活習慣病、アレルギーなどに対する糖質制限食の画期的な治療効果を証明し、数々のベストセラーを上梓している。

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