活性酸素が炎症・アレルギー反応を活性化する新たな仕組みの発見

 

活性酸素が炎症・アレルギー反応を活性化する新たな仕組みの発見

-感染防御(自然免疫システム)における新たな細胞内分子機構-

 

 JST(理事長:沖村憲樹)の研究チームは、活性酸素が病原体感染によって起こる炎症やアレルギー反応を促進する作用を持つこと、その活性酸素の作用を受けるターゲットがASK1(Apoptosis signal-regulating kinase 1)*1という細胞内タンパク質リン酸化酵素であることを突き止めた。
細菌やウイルスなどに感染すると、それらを体内から迅速に排除するため自然免疫システム*2という生体内防御機構が活性化する。自然免疫システムがひとたび病原体の感染を感知すると免疫応答に必須な炎症性サイトカイン*3が産生され、生体内で炎症を引き起こす。
一方で、なんらかの原因によりこれらの防御反応が異常に亢進すると、アレルギーや自己免疫疾患の原因にもなる。病原体の感知には、細胞膜受容体であるTLRファミリー*4が重要な働きをしていることが知られているが、本研究では、このファミリーのうち、TLR4という受容体の活性化に伴って特異的に活性酸素が産生され、
さらに活性酸素を介して、タンパク質リン酸化酵素であるASK1が活性化されることによって、サイトカインが効率よく産生される仕組みを明らかにした。また、ASK1を働かなくしてしまったマウスにおいては、TLR4受容体活性化によって引き起こされる炎症性サイトカインの過剰産生や、それに伴うショック死が起こりにくくなっていることが判明した。
活性酸素が炎症やアレルギーの症状を亢進させる可能性についてはこれまでも注目されていたが、そのターゲットの実体が明らかとなったのは初めてであり、アレルギー性疾患や自己免疫疾患などの新たな治療法の開発に繋がるものと期待される。
本成果は、戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CRESTタイプ)の研究テーマ「ストレスの受容・認識とシグナル変換の分子機構」の研究代表者:一條秀憲(東京大学大学院薬学系研究科 教授)、および松沢厚(同 助手)らの研究によって得られたもので、2005年5月1日付の米国科学雑誌「Nature Immunology」オンライン速報版で公開される。

 

【成果の概要】

研究の背景と経緯:  全ての生物は、細菌やウイルスなどの微生物の体内への感染・侵入に対して、自然免疫システムという生体内防御機構を活性化させ、それらを体内からすばやく排除する仕組みを備えている。生物が死ぬとすぐに腐敗してしまうのは、微生物の侵入に負けてしまうからであり、自然免疫システムは生命にとって欠かせない。自然免疫システムがひとたび病原体の感染を感知すると、まず免疫応答に必須な炎症性サイトカインが産生され、生体内で炎症を引き起こし、さまざまな免疫系に関わる細胞や細菌を殺すためのタンパク質を、感染が起こっている場所に動員して病原体を排除する。
一方で、これらの防御反応が異常に亢進すると、アレルギーや自己免疫疾患になることが分かっていたが、その原因についてはこれまで解明されていない。最近の研究で、病原体の感知には細胞膜受容体であるTLRファミリーが、病原体のそれぞれの特徴的な成分を見分けることが、最初のステップとして重要であることが明らかとなった(図1)
しかしながら、病原体を感知してから、炎症性サイトカイン産生など、次のステップとしての免疫応答がどのような仕組みで促進され、何がその指令を出しているのかについては不明であった。
今回の論文の概要:  一條教授らの研究チームは、病原体を感知する細胞膜受容体であるTLRファミリーのうち、TLR4という受容体の活性化に伴って特異的に活性酸素が産生され、さらに活性酸素を介してタンパク質リン酸化酵素であるASK1が活性化されることによって、サイトカインが効率よく産生される仕組みを明らかにした。
ASK1の活性化には、ASK1をTLR4受容体に集めるために働くTRAF6というタンパク質がASK1に結合することがまず必要であり、この結合は活性酸素の産生が引き金となって起こることが分かった。ASK1が活性化した後のステップとして、p38という別のタンパク質リン酸化酵素が引き続いて活性化されることも見出された(図2)
さらにASK1を働かなくしてしまったマウスにおいては、p38タンパク質リン酸化酵素の活性化、またTLR4受容体の活性化によって引き起こされる炎症性サイトカインの過剰産生や、それに伴うショック死が起こりにくくなっていることが判明した。
これらの仕組みは、これまで線虫と呼ばれる進化の上で原始的な生物に存在することは分かっていたが、ヒトやマウスのような高等哺乳動物にも共通して備わっている生物に普遍的なものであることが今回初めて明らかとなった。
また、これまでにも炎症や感染時に産生される活性酸素の役割については注目されてきたが、その活性酸素がターゲットとする分子機構の実体は不明であり、本研究で初めてその実体がASK1であることが突き止められた。
今後期待できる成果:  活性酸素は、老化あるいは動脈硬化やガンなどの成人病疾患の原因として、これまで生体にとっては有害な面ばかりが強調されてきた。今回、活性酸素が病原体の感染に対する防御機構を強めるように働くという発見によって、活性酸素は生体にとっては必要な場合があり、自然免疫システムにおいては生体への警告信号のような役割として重要な働きをしていることが明らかとなった。
従って、適度な量の活性酸素は、むしろ身体の防御能力を高めたり、ワクチンの効果を強めたりすることができるかもしれない。 逆に、体内での活性酸素の発生が多くなりすぎると、ASK1が過度に活性化され、炎症性サイトカインの産生が必要以上に増強されることも考えられる。
アトピー性皮膚炎やぜんそく、慢性関節リウマチといったアレルギー性疾患や自己免疫疾患は、自然免疫システムによる防御反応が異常に亢進した場合に引き起こされ、慢性的な炎症症状を伴う。活性酸素を抑えるような薬剤やASK1を標的とした阻害薬は、これらの疾患での過剰なサイトカインの産生を抑制することで、効果的な治療が可能となるかもしれない。本研究の成果は、医療、創薬という観点からも意義深いものであり、炎症やアレルギー、自己免疫疾患など、広範な免疫疾患に対する新たな治療戦略の提案に繋がるものと期待される。
 

用語説明
図1:自然免疫システムによる病原体感染の感知と応答
図2:活性酸素を介したASK1による新たな自然免疫システムの活性化機構

 


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