心不全とは、心臓の能力低下で起こる体の不健全な状態をいう
坂道で息切れしたり、セキをしたりする
もくじ
大切な心臓の二つの役目
人間が生きていくためには、体の各部分に十分な酸素と栄養が行きわたることが必要です。酸素と栄養を運ぶのが血液で、その血液を循環させるポンプの働きをするのが心臓です。
このポンプの役目は大きく分けて二つあります。一つは血液を送り出す働き、もう一つは血液を受け取る働きです。だから、十分な血液がポンプ内に満たされて、はじめて十分な量の血液を体内に送り出せるわけです。<図1>。
心臓というポンプの働きを考えるうえで重要なのは、ポンプを通過する血液がぐるぐると体を循環している点です。
消防ポンプですと、取り入れた水を勢いよく放水すればよく、放水した水を再び取り入れて、同じポンプで使うことはありません。心臓の場合、これとはまったく異なり、環状線の電車のように、連続して血管の中に血液を循環させています。ですから、万一このポンプが故障すると、一つの電車の故障が他の駅に渋滞を広げていくのと同様に、次々と体に影響が出てきます。
図1 心臓のポンプには二つの役目がある
心臓に備わったバックアップ機構
図2 少し弱った心臓の場合はどうか
ポンプの働きが落ちると、心臓が送り出す血液の量(心拍出量といいます)は少なくなります。その程度はまちまちで、当然ながら少なくなりすぎると生命にかかわりますが、ここでは軽い場合を考えてみましょう。
人間の体はその危機に対応して、心拍出量の低下をくい止める手立て、つまりバックアップ(代償)機構を備えています。
この機構は、少し弱った心臓でも、十分な血液を送り出すために
- ポンプの中の血液を増やして送り出す血液量をたもつ。-その結果、心臓が拡大する(このポンプは多くの血液がかえってくるほど、多くの血液を送り出せる能力をもっている)
- 1回の拍出量が減った分、拍出回数(「脈拍数」のこと)を増やす-などの働きをします。
こうした代償機構がうまく働いておれば、まず生命への危険はありません。<図2>。
では、ポンプの中の血液をどう増やすのでしょうか。その手だては二つあります。全身の血液量は一定でも、手足の血管を収縮させて、その分、心臓や肺をめぐる血液を増やすのが一つ。もう一つは、全身の血液量自体を増やす方法です。この目的のために体の中では複雑な指令系統が作動することになります。
心臓の拡大や脈拍数の増加、さらに指令系統の指令にもとづく全身の変化は、心拍出量が減るのを防ぐために一時的には有効です。しかし、長期的にはかえって心臓の負担となり、心臓の働きはますます低下し、はっきりと症状になって表れます。
一般的には、症状が出る前から、水面下では病気は進行しています。「昨日まではまったく元気だったのに」ということでは、決してないのです。
心不全とは?
心臓の働きが不十分だと、すでに説明しましたように、まず心臓拍出量を維持する仕組みが働き、拍出量の低下が抑えられるものの、体のいろんな部分に負担がかかり、症状が出現します。
心不全とは、病名ではなく、「心臓の働きが不十分な結果、起きた体の状態」をいいます。
もちろん、心臓の働きのうち、どの働きが、どの程度、低下しているのか、その低下が急に起こってきたのか(急性心不全)、徐々に起こってきたのか(慢性心不全)によって、心不全の種類や程度はさまざまです。
それは、<図3>のように、心不全をきたす原因は一つではないからです。心筋梗塞や心臓弁膜症など、あらゆる心臓病はもちろん、例えば高血圧で長年、心臓に負担がかかっている場合などでも、しだいにその働きが落ち、心不全の原因となります<図4>。
心不全は現在、欧米ではトップの頻度の疾患で、1,000人当たり7.2人とされています。生活習慣の欧米化が進む日本でも、ほぼ同程度に迫っていると思われます。このうちの約50%が、狭心症や心筋梗塞が原因となっています。
図3 心不全の原因はいろいろ
症状は多様
心不全の種類や程度がさまざまなように、その症状も実に多様です。
次に説明する症状が、心不全の患者さんすべてに認められるわけではありませんし、そうした症状があるからといって、心臓が悪いと即断もできません。異なる原因で同じような症状がみられることがあるからです。
厳密な区別は困難ですが、心臓が血液を送り出す働きが低下していることによる症状と、血液を受け取る働きが落ちたことによる症状です。
- 血液を送り出す能力の低下による症状
心拍出量が減ったのが原因で、「疲れやすい」「だるい」「動悸がする」など。 - 血液のうっ滞によって起こる症状
血液を送り出す能力が低下すると、心臓から前方へ血液が進みにくくなり、心臓の後方、血液を受け取る側で血液のうっ滞が起こります。
肺に血液うっ滞が起こると、息苦しさを生じ、体の各部分にうっ滞が起こると、むくみが生じます。肝臓に血液がうっ滞すると、とくに食後におなかがはったり、鈍痛をおぼえたりする場合もあります。
肺は酸素を取り込み、二酸化炭素を体外に出す重要な働きをしながら、たくさんの血液を直接、心臓へ返しています。心臓のポンプ機能が低下すると肺に多くの血液がうっ滞し、血液のガス交換がうまくいかなくなります。
この時の症状は、酸欠状態をイメージしてもらえばわかるように、「息苦しい」という訴えになります。
こうした症状の出方は、心不全の重症度によって異なってきます。
図4 心不全となるまで
心不全の初期には、平地を歩く時にはなんともないのですが、<図5>のように、坂道を上ったり、重いものを持ったりすると、息切れが激しくなります。できればこの時点で、一度、医師に相談してください。
心不全が進行してくると、あお向けになって寝るとセキが続いたり、息苦しく、体を少し起こすと楽になったりします。患者さんは、風邪をひいたのではないかと思うようです。
さらに進むと、夜、突然、息苦しくなって目が覚め、起き上がっても回復にしばらく時間がかかるようになります。この時、しばしば、ぜんそくのようにヒュウヒュウ音がします。これは、すぐにも入院治療が必要な重篤な状態です。
図5 心不全が進行すると
心不全の治し方
症状が安定しているかどうかによって、心不全は大きく二つに分類されます。というのは、症状が同じでも治療は本質的に異なるからです。
安定した状態から急激に悪化する場合を「急性心不全」、それなりに体全体のバランスがとれ、状態が安定している場合を「慢性心不全」といいます。
風邪、過労、ストレスが引き金になって急性心不全が起こることがよくあります。また、急性心不全が原因不明の突然死の原因になることも考えられます<図6>。
一般に急性心不全の時は、入院を必要とすることが多く、安静が必要で、酸素吸入を行ったり、一時的に心臓の働きを高める薬を使ったりします。<図7>。
また、運動制限が必要ですが、安定期には、逆に負担にならない程度の適当な運動も必要です。
慢性心不全では、心臓に対してはむしろ過度な刺激から守る薬を用います。
図6 風邪、過労、ストレスが引き金で急性心不全となり、突然死することもある
図7 急性心不全ではすぐ入院
原因となる病気の治療
心不全は病気の原因ではなく、心臓の働きが低下した結果、起きた状態ですから、治療の原則は、心臓の働きを低下させたもともとの原因をはっきりさせ、その病気を治療することにあるのはいうまでもありません。
高血圧は心臓の負担になるだけでなく、心臓の筋肉の質的劣化をきたしますから、そのコントロールは極めて大切です。
狭心症や心筋梗塞が原因であれば、冠動脈に風船(バルーン)を入れて膨らませ、この動脈の流れをよくする風船治療や、冠動脈バイパス手術などが、心臓弁膜症では弁を人工弁と取り替える人工弁置換術などが必要になります。
しかし、こうした治療も、すでに心臓の働きがかなり低下している場合は、効果に限界があります。
拡張型心筋症という心臓の筋肉自身の病気の時は、原因は不明で根本的な治療法はありません。しかし、その原因がなんであれ、心不全の状態を少しでも改善する治療法は飛躍的に進歩してきました。
慢性心不全の薬による治療
体内の余分な水分を取り除く「利尿剤」、心臓の働きを手助けする「ジギタリス剤」、心臓にかかる負担を軽くするアンギオテンシン変換酵素阻害剤などの「血管拡張剤」、長期的には心臓に障害を与えやすい神経やホルモンの作用を抑制する「ベータ遮断剤」などがあります。
これらの薬で、心不全症状が改善したり、落ちついたりしても、症状が再発することがあります。一つは原因となる病気が進行した場合で、この時は薬の処方を改めて検討する必要があります。
また、体調がよくなり、患者さんが病気は治ったと自分で判断し、薬の服用を中断して症状が悪化する場合があります。薬の変更は必ず主治医に相談してください。<図8>。
図8 ” 薬の変更”は必ず主治医と相談すること
日常どんな注意が必要か
心不全を起こした病気自体は進行しなくても、心不全症状が出たり、悪化したりすることがあります。悪化の引き金になるようなことは、患者さんの日々の生活の中で心がければ避けることができますから、よく注意してほしいのです。
過労はもちろん、風邪を引いたりすると、心臓に負担がかかります。同様に長時間の入浴、熱い湯も心臓の負担となります。
心不全の重症度に合わせた運動制限も必要です。しかしながら、過度の制限は逆効果です。心不全の程度に見合った運動は、運動能力のアップにつながり、大切な生活習慣と考えられるようになってきました<図9>。
図9 心不全になっても症状に合わせて適度の運動を
食生活も重要です。肥満は心臓に負担をかけます<図10>。たばこは心臓や肺に有害です。心不全とわかったら、禁煙すべきなのはいうまでもありません。塩分のとりすぎは体からの水分排せつの妨げとなりますから、塩分の制限は水分制限以上に重要な意味をもっています。
図10 ふとり過ぎないよう、いつも注意する
アルコールの飲み過ぎが心不全の原因となることがあり、酒類を控えることで、心臓の働きが劇的によくなる場合があります。逆にいえば、飲酒は心臓の負担になるわけで、「飲むにしてもほどほどに」が大原則です<図11>。
図11 節酒、禁煙、塩分ひかえ目で
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