インクレチンとSU剤のインスリン分泌促進作用機序の違いについて

インクレチンは、食事摂取により消化管から分泌され、インスリン分泌を促進するホルモンで、上部小腸にあるK細胞から分泌されるGIPと、下部小腸にあるL細胞から分泌されるGlp1があります。
Glp1の主な生理作用はインスリン分泌促進作用ですが、それ以外に膵グルカゴン分泌抑制作用、消化管運動抑制作用、インスリン感受性亢進作用、そして膵β細胞保護・増殖作用が認められています。GIPはGlp1に比べると作用は弱いとされています。
そして、Glp1やGIPを分解するDPP-4という酵素を阻害して分解を抑制し、インクレチンの血中濃度を上昇させて保つのが、DPP-4阻害剤(ジャヌビア、エクア、ネシーナなど)です。
さて、上述のようにインクレチンがインスリン分泌を促す仕組みと、SU剤がインスリン分泌を促す仕組み(☆)は、実は異なっています。
難しい箇所は省いて、超簡単に言うと、SU剤はβ細胞表面のSU受容体と結合して、カリウムチャンネルを閉じっぱなしにしてしまい、その結果カルシウムが細胞内に流入してインスリンを分泌させます。
この場合、SU剤の作用時間(24~12時間)の間は、血糖が高かろうが低かろうが関係なく、ずっとインスリンはだだ漏れ状態です。だから低血糖が生じやすいのですね。
そして、インスリンを分泌しっぱなしのβ細胞が、疲弊していく可能性があるわけです。
まあ、SU剤というのは、人為的に無理矢理カリウムチャンネルを閉じて、β細胞を騙しているようなものですかね。
一方、インクレチンは、糖質や脂質を摂取すると消化管から分泌されて、β細胞のインクレチン受容体に作用してβ細胞内のサイクリックAMPを上昇させ、インスリン分泌の増幅経路に働きます。
こちらは、糖質を食べて血糖値が上昇し、β細胞内にとりこまれてATPが産生されて、カリウムチャンネルが閉じてカルシウムが細胞内に入ってきたときだけ、増幅経路に働いてインスリンを分泌させます。
血糖値が下がって108mg/dlくらいになると、β細胞はブドウ糖を取り込まなくなり細胞内カルシウムは増加しないので、インクレチン濃度が高くても増幅経路は作用せず、インスリンは分泌されません。
つまり、
1)糖質摂取→血糖値上昇→糖輸送体でβ細胞内にブドウ糖取り込み→β細胞内ATP上昇→カリウムチャンネル閉鎖→脱分極→カルシウムチャンネル活性化→細胞内カルシウム濃度上昇→インスリン分泌
という、ブドウ糖刺激によるインスリン分泌の一般的な経路の最後の過程
A)細胞内カルシウム濃度上昇→インスリン分泌
の経路をインクレチンによるβ細胞内サイクリックAMP上昇が増幅させて、
インスリン分泌を促すわけですね。
B)「β細胞内『カルシウム濃度+サイクリックAMP濃度』上昇」→インスリン分泌増幅
というわけです。
こういう作用機序なので、インクレチンは血糖値が高いときのみに、インスリン分泌作用を有し、108mg/dl以下に血糖値が下がってきたら、インスリン分泌作用がなくなるわけなので、単独使用では低血糖は理論的には起こりません。
またSU剤のように、24時間β細胞を鞭打つといった側面は皆無なので、β細胞も疲弊しないのだと思います。

インクレチン(incretin)

インクレチン(incretin)は、「膵臓のランゲルハンス島β細胞を刺激して、血糖値依存的にインスリン分泌を促進する消化管ホルモン」として定義され、具体的にはグルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド(glucose-dependent insulinotropic polypeptide:GIP)とグルカゴン様ペプチド-1 (glucagon-like peptide-1:GLP-1)の2つを指す。GIP は上部消化管に存在する腸内分泌細胞 (enteroendocrine cells)の一種である K 細胞が含有し、GLP-1 は下部消化管の腸内分泌細胞である L 細胞が含有する。
インクレチンの血中濃度は食後数分~15分以内に上昇し、食後の血糖上昇によるβ細胞からのインスリン分泌を促進する。このようないわゆる「インクレチン効果(incretin effect)」によって、インクレチンは食後の血糖恒常性(glucose homeostasis)や耐糖能 (glucose tolerance)の維持に貢献していると考えられている。
そして分泌されたインクレチンは、消化管、腎臓、前立腺などの上皮細胞や内皮細胞、リンパ球などの細胞膜に発現し、可溶性タンパク質として血中にも存在しているジペプチジルペプチダーゼ-4(dipeptidyl peptidase-4:DPP-4)によって速やかに不活性化される。このため、インクレチンの血中半減期は数分とごく短いことが知られている。
以上のようなインクレチンの性質から、近年、特に2型糖尿病を対象として、インクレチンを標的とした新たな食後高血糖改善薬の開発が進められた。インクレチンは、血糖依存的にインスリン分泌を促進することから、他の糖尿病治療薬にみられる低血糖をもたらす副作用が起こりにくいと考えられている。現在開発されているインクレチン関連製剤は、インクレチンの分解を阻害することによって血中インクレチン濃度を維持する DPP-4 阻害薬と、GLP-1 受容体作動薬に大別される。
前述の通り、インクレチンは食後数分~15分で血中濃度が上昇する。したがって、上部消化管(十二指腸、空腸)に存在する K 細胞は、食事によって流入した栄養素を直接感知して GIP を分泌すると考えられる。しかし、下部消化管(回腸、大腸)に存在する L 細胞まで食後 15 分以内に栄養素が到達するというのは早すぎるうえ、そもそも大腸に存在する L 細胞には食事由来の栄養素がそのまま到達するとは通常考えられない。このような矛盾を説明するために、上部消化管に到達した栄養素の刺激によりK 細胞から分泌された GIP や、迷走神経-迷走神経反射を介して間接的に下部消化管の GLP-1 分泌が惹起されるという可能性が示唆されているが、現時点では不明確である。
一方で、L 細胞に短鎖脂肪酸受容体である遊離脂肪酸受容体(free fatty acid receptor-2:FFA2)および FFA3 が発現していたことから、下部消化管の L 細胞は、腸内細菌の産生する短鎖脂肪酸(short-chain fatty acids:SCFAs)を受容して GLP-1 分泌を惹起する可能性が示唆されている。 腸内細菌の関与した下部消化管における新たな「インクレチン効果」の解明が待たれるところである。