レジオネラ属菌と自家製酵素菌

 

国立感染症研究所 感染症情報センター

自家製腐葉土が原因と考えられたLegionella pneumophila SG1による感染事例-埼玉県

 

(Vol.26 p 221-222)はじめに:レジオネラ症の起因菌であるレジオネラ属菌は自然界の土壌や淡水に生息する環境細菌で、該菌に汚染された空調設備の冷却塔水、循環式浴槽水等が感染源となり、発症を引き起こす。レジオネラ属菌の中でも、L. pneumophila SG1による循環式入浴施設の浴槽水を原因としたレジオネラ症の集団感染事例が2000年、2002年に相次ぎ、死亡者を含む多数の患者発生によって大きな社会問題になった。冷却塔水、循環式浴槽水等の人工水系以外に、園芸用の腐葉土による散発感染事例の報告もある。しかし、腐葉土による感染事例はいずれもL. longbeachae によるものであり、ヒトに重篤な症状を引き起こすL. pneumophila SG1は分離されていない。今回、我々は、自家製腐葉土のL. pneumophila SG1が感染源と考えられた事例を経験したので報告する。

患者発生状況:2004年11月29日に埼玉県内の医療機関からL. pneumophila SG1によるレジオネラ肺炎の患者発生届があり、当該菌株が当所に送付された。患者は60代男性。既往歴は高血圧症、高脂血症、前立腺肥大等である。保健所の調査によると、患者は、11月25日~26日にかけて県外の温泉に出かけているが、旅行前から体調不良を訴えていた。11月中における入浴施設等の利用は他になく、自宅も24時間風呂ではなかった。

趣味とする家庭菜園では、自宅で腐葉土を作製し、これを使用していた。

以上の状況から、感染源調査のために、患者旅行先の温泉の検査を他県に依頼した。家庭における感染の可能性も否定できないため、患者宅の浴槽水、シャワー水、浴槽フィルターのふきとり検体、シャワーヘッドのふきとり検体、および患者が作製した腐葉土の検査を当所で実施した。

検査方法:浴槽水とふきとり検体については、新版レジオネラ症防止指針の検出法に準じ検査を行った。腐葉土については、上記の検査法に加えてピマリシン添加MWY培地を使用し分離する小出らの方法と、Acanthamoeba (国立感染症研究所から分与)を用いたアメーバ内増菌法で行った(図1)。分離菌株は、グラム染色性とシステイン要求性を確認後、カタラーゼ試験、およびレジオネラ免疫血清による菌の同定と血清群別を実施した。

また、同一血清型の分離株については、国立感染症研究所の検査法に準じ前処理をした後、制限酵素Sfi Iで切断し、パルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)を行った。

結果および考察:患者旅行先の温泉については他県で行った検査の結果、レジオネラ属菌は検出されなかった。また、シャワー水とシャワーヘッドのふきとり検体からもレジオネラ属菌は検出されなかった。しかし、患者宅の浴槽水と浴槽フィルターふきとり検体から患者分離株と同一血清型であるL. pneumophila SG1が分離された。浴槽水は1.4×104 CFU/100mlの菌数であった。また、腐葉土については、ピマリシン添加MWY培地を使用した方法とアメーバ内増菌法の両方でL. pneumophila SG1に加え、L. pneumophila SG2が分離された。

分離された患者由来および環境由来L. pneumophila SG1についてPFGEを行った結果、患者由来株と腐葉土由来株のパターンが一致した。しかし、浴槽水、浴槽フィルターふきとり検体とは異なっていた(図2)。今回の結果から、感染源として腐葉土の可能性が高いことが示唆された。

これまでにレジオネラ症の感染源として冷却塔水、浴槽水、温泉等の人工環境水が多く報告され、感染予防の防止対策がとられている。しかし、今回の事例のように腐葉土が感染源と推定された例は少なく、ヒトに重篤な症状を引き起こすL. pneumophila SG1の分離報告例は今まで無かった。今後は、浴槽水等の人工環境水だけでなく、レジオネラ症の感染源として腐葉土に潜むレジオネラ属菌も念頭に置く必要があると思われた。特に、家庭園芸、家庭菜園、ガーデニングを行う際に、腐葉土等の園芸材料の取り扱いにも注意を払う必要があり、高齢者の場合、マスクをするなどの予防対策をすることが重要であると考えられた。

埼玉県衛生研究所 嶋田直美 倉園貴至 小野冷子 山口正則
埼玉県東松山保健所 高柳幸夫(現坂戸保健所)