インシュリンを出すホルモン インクレチン(incretin)

インクレチン(incretin)は、「膵臓のランゲルハンス島β細胞を刺激して、血糖値依存的にインスリン分泌を促進する消化管ホルモン」として定義され、具体的にはグルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド(glucose-dependent insulinotropic polypeptide:GIP)とグルカゴン様ペプチド-1 (glucagon-like peptide-1:GLP-1)の2つを指す。GIP は上部消化管に存在する腸内分泌細胞 (enteroendocrine cells)の一種である K 細胞が含有し、GLP-1 は下部消化管の腸内分泌細胞である L 細胞が含有する。
インクレチンの血中濃度は食後数分~15分以内に上昇し、食後の血糖上昇によるβ細胞からのインスリン分泌を促進する。このようないわゆる「インクレチン効果(incretin effect)」によって、インクレチンは食後の血糖恒常性(glucose homeostasis)や耐糖能 (glucose tolerance)の維持に貢献していると考えられている。
そして分泌されたインクレチンは、消化管、腎臓、前立腺などの上皮細胞や内皮細胞、リンパ球などの細胞膜に発現し、可溶性タンパク質として血中にも存在しているジペプチジルペプチダーゼ-4(dipeptidyl peptidase-4:DPP-4)によって速やかに不活性化される。このため、インクレチンの血中半減期は数分とごく短いことが知られている。
以上のようなインクレチンの性質から、近年、特に2型糖尿病を対象として、インクレチンを標的とした新たな食後高血糖改善薬の開発が進められた。インクレチンは、血糖依存的にインスリン分泌を促進することから、他の糖尿病治療薬にみられる低血糖をもたらす副作用が起こりにくいと考えられている。現在開発されているインクレチン関連製剤は、インクレチンの分解を阻害することによって血中インクレチン濃度を維持する DPP-4 阻害薬と、GLP-1 受容体作動薬に大別される。
前述の通り、インクレチンは食後数分~15分で血中濃度が上昇する。したがって、上部消化管(十二指腸、空腸)に存在する K 細胞は、食事によって流入した栄養素を直接感知して GIP を分泌すると考えられる。しかし、下部消化管(回腸、大腸)に存在する L 細胞まで食後 15 分以内に栄養素が到達するというのは早すぎるうえ、そもそも大腸に存在する L 細胞には食事由来の栄養素がそのまま到達するとは通常考えられない。このような矛盾を説明するために、上部消化管に到達した栄養素の刺激によりK 細胞から分泌された GIP や、迷走神経-迷走神経反射を介して間接的に下部消化管の GLP-1 分泌が惹起されるという可能性が示唆されているが、現時点では不明確である。
一方で、L 細胞に短鎖脂肪酸受容体である遊離脂肪酸受容体(free fatty acid receptor-2:FFA2)および FFA3 が発現していたことから、下部消化管の L 細胞は、腸内細菌の産生する短鎖脂肪酸(short-chain fatty acids:SCFAs)を受容して GLP-1 分泌を惹起する可能性が示唆されている。 腸内細菌の関与した下部消化管における新たな「インクレチン効果」の解明が待たれるところである。